まず最初に、
最近のインドの急速な発展ぶりをご紹介してから「インドという国」をご紹介しましょう。

発展著しいインドを目の当たりにした (2011年12月 出張報告)

2011年12月 ビシャカパトナム(Visakhapatnam)へ出張した際の報告より

先ずデリー空港が国際線・国内線とも新しく立派なビルになっていました。従って評判の悪かったトイレも非常に清潔で気持ちがいいです。

フライトは依頼元の会社の手配だったのでエアー・インディアを利用したのですが、国際線国内線合わせて4便がすべて、時間が正確だったのには正直信じられませんでした。

いや、あの悪名高かったエアー・インディア社が、です。更にチェックインした荷物が出て来るまで速いこと速いこと。昔は到着してからビールが1本飲めるくらいの時間を待ったのものです。

但しデリー ~ ビシャカパトナム便では同行のK氏の荷物がデリーに積み残されたという事件がありました。
何でも荷物を運ぶコンベアーが故障してストップしたため、14個の荷物がデリーに積み残されたとか。乗換えで荷物が到着しないということはままありますが、単一の便で積み残しとは、正に昔のインドです。ビシャカパトナム空港のビルに大きく「ISO9001登録済み」と書かれていたのは皮肉でした。

メトロ

初めてメトロに乗りました。デリー空港駅からエアロシティー駅まで一駅だけですが、日本製らしく座席も清潔で非常に快適、車内放送で行き先・到着駅などの丁寧なアナウンスがあります。
ブルーの樹脂で出来た丸いチップが切符代わりなのですが、使い方が分からず周りの人に聞きました。更に購入時に窓口で領収書(20ルピー)まで発行してくれるのには驚きました。

高速度道路

デリーからグルガオンまで高速道路を走りました。写真では見ていたのですが、片道4車線となっておりかなりのスピードで車が走っています。 但し、デリー側から高速道路に入る前に料金所に長い列が出来ており、なんと通過するまで20分以上かかりました。これは相変わらずのインド式ですね。

私が初めてデリーに来た時(1997年)は片道1車線で、ラクダ、トラクター、二輪車、三輪車などが雑然と走っていました。そのため追い越しをかけるのですが、当時の車は古く馬力がないので中々追い越せず、そのうち正面からトラックなどが迫ってきてド迫力の恐怖を感じたことが度々あったことが思い出されます。

今は中央分離帯があるのでそのようなことはありえません。(余談ですが、ビシャカパトナムではそのド迫力を再び体験することが出来ました)

走っている車も当時とは異なり新しい車が多く、ボロボロの車は見当たりません。 
又、道路の周りの景色も全く変わりました。昔は道路沿いにほとんど何もなかったのですが、今は高いオフィスビルが多く建っており、少しはなれた所に沢山のマンションが林立しています。

Visa on Arrival(2010年1月より)

出張が決まってから出発まで非常に時間が短かったため、ビザを取得できませんでした。そのためデリー空港到着後イミグレーションの前でビザを取らざるを得ませんでした。このシステムは近年施行されたもので、対象国は日本・ニュージーランド・ミャンマー等の限られた国だけです。

旅行会社2社に問い合わせたのですが、両社ともこれを取得した例を知らないということでした。 それで一抹の不安を胸に日本を出発したわけですが、幸い何とかこれを取得できました。

実はこれが簡単でなく結構時間がかかったのですが、これを話し出すと長いので別の機会にいたします。
とにかく、一般の方々にこの方法を使うことはお勧めしません。

両替(ルピーから外貨へ) 従来は旅行者がルピーを外貨に替えるには外貨をルピーに替えた時の控えが必要だったが、今回は必要なかった。インドも外貨準備が潤沢になったのでこうなったのでしょう。但し金額に上限があり、一箇所で1万ルピーまでといっていました。

ビシャカパトナムで会った韓国人の話(3年前から仕事でここに住んでいる)

Visakhapatnam01

魚の天日干し、Visakhapatnamにて

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  • 車 小型車しか走っていなかったが、今は大型の新車が走りまた、ベンツBMWもみるようになった。
  • 服装 サーリ姿が少なくなり、欧米化している。
  • 水着 3年前は首と手首足首だけを露出した水着が主流だったが、今は普通の水着となっている。

インドという国

India_Flag

では、インドの本質的な部分に触れる前に、簡単に概況を見ておきましょう。

インドについて

公用語 ヒンディー語(連邦公用語)
英語(連邦準公用語)
その他複数の各州公用語
首都 ニューデリー(デリー)
最大の都市 ムンバイ
政府 大統領:プラティバー・パーティル
首相:マンモハン・シン
面積 総計:3,287,590km2(世界7位)
水面積率:9.6%
人口 総計(2010年):12億1千万人(世界2位)
人口密度:364人/km2
GDP(MER) 合計(2010年):1兆5380億ドル(世界10位)
1人当たりのGDP 1,265ドル
独立 1947年8月15日
通貨 ルピー(INR)
時間帯 UTC (+5:30)
国際電話番号 +91

世界第2位の人口を持つ大国である。約12億人を超える国民は、多様な民族、言語、 宗教によって構成されている。
州境を越えるとまったく違う言語が話され、それぞれの文化芸術があるため欧米ではよく 「インドは国と言うより大陸である」と表現される。

ヒンドゥー教徒が最も多く、ヒンドゥー教にまつわる身分制度であるカースト制度の影響は今でも残っており、 複雑な身分制社会を形成している。
貧困に苦しむ人が多い国であるとされるが、近年の経済発展のおかげで、 低所得者層の生活も改善されつつある。

経済環境

1991年に通貨危機をきっかけとして独立以来のインド型社会主義経済から経済自由化に政策を転換した。
BRICs 2001年ゴールドマン・サックスのレポートで、 中国やロシアとともにBRICsと呼び成長を続ける新興国として 注目されるようになり、 2007年には同じくゴールドマン・サックスが "インド経済が今世紀半ばに米国を追い抜き、中国に次ぐ世界2位の経済大国に成長する" とのレポートを出し脚光を浴びた。
2008年の世界的経済・金融危機以降各国が不況に苦しむ中、 いち早く危機を脱出し比較的高い成長率を維持している。
これまでの経済成長率は、2008年度:6.7%、2009年度:7.4%、2010年度:8.5%で高成長を続けている。 2011年度もモンスーンの雨量は十分で、経済成長率は8%台となるだろう。 但し、汚職によりもたらされた政治的不安が懸念材料である。

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人口予測

  2000年 2010年 2020年 2030年 2040年 2050年
中国 127,522 136,488 142,947 145,052 143,893 139,518
インド 101,694 117,381 131,221 141,658 148,572 153,144
ブラジル 17,180 19,288 20,979 22,208 23,014 23,314
ロシア 14,561 13,750 12,902 11,971 11,043 10,146

2040年には中国を抜いて世界で最も人口の多い国になると予想されている。

インドに対する誤解

治安

日本人はインドが治安の悪い国だと思っていますが、実はインドの治安は悪くありません。かの国に駐在された方にお聞き下さい。人口が日本の10倍近くありますが、殺人・強盗は10倍もありません。但し、紛争地帯(カシミール州・西ベンガル州など)は少し危険です。

又、殺人強盗は少なくても、こそ泥の類は少なくありません。これは発展途上国では仕方ないことでしょう。私もムンバイでパスポートを盗まれた経験があります。

医療事情

「インドには信頼できる病院はない」と殆どの日本人が思っているでしょう。しかしそうではないのです。
 インドには欧米で教育を受けた優秀なドクターが沢山いて、清潔な病院が少なからずあります。
 そのコストの安さから、心臓外科の手術などを受けにインドに来る欧米人は沢山います。
 アポロという病院が、日本人に評判が良いようです。 ただし、レベルの低い病院も多いとのこと。

カースト

「カースト制度のせいで、会社経営が困難である」これも迷信です。
 日系企業の間で、カーストが会社経営に重大な障害をもたらしたということは聞いたことがありません。
それなりに配慮は必要かもしれませんが、そんなに心配する必要はない。私のインドの師匠は「会社を一つのカーストにすればよい」と常々言っておられました。
 よく間違って「カースト制度」を廃止しないといけないなどと仰る日本人がいますが、インド政府は「カースト制度」の廃止など考えておりません。カーストによる差別を廃止しようとしているのです。

社会主義国

「インドは社会主義国でしょう?」とさる一部上場企業の管理職の方から質問された時は、愕然としました。
インドは1991年の経済危機を機に独立以来の社会主義型経済から経済自由化路線に舵を切りました。
許認可製は廃止され、今は一部の規制された分野を除き会社設立は事後承認でO.K.ですし、100%外資でもOK。

ただ独立後の経済の歴史背景から、現在でも社会主義経済の名残はあります。例えば石油製品・肥料・主要食料品は政府が価格統制していますし、またインド経済の中で国営企業の存在は大きいものがあります。

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自動車産業

India_root8

国道8号線(デリー近郊) 初めて行った時(1997年)は片道1車線だったのだが、10年で・・・

ヒンドゥスタン・モーターズタタ自動車マヒンドラ などの地場資本の自動車メーカーのほか、 スズキ、ルノーや 三菱自動車などが、 1991年まであったライセンス・ラージによって、インドの地場資本と提携する形で進出してきた。
現在、タミルナドゥ州に世界主要自動車メーカーが7社ある。
自動車生産は、1994年が24.5万台であったが、2010年は304万台(世界第6位)と大幅に拡大した。
業界2位のタタ自動車は、1ラック(十万ルピー)カー「ナノ」を発売して話題となった。

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二輪車

この市場の伸びもすさまじく、2010年の販売台数は1,179万台(世界第2位)となった。
トップメーカーHERO HONDA社は昨年HONDAとの合弁を解消し、HERO社のものとなった。

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日印関係

日本とインドの関係は古いものがあります。そもそも仏教は6世紀にインドより中国・百済経由で日本に伝来、 インドは仏教発祥の地です。 現在インド仏教は全くさえないが、日本では宗教の主流となっている。
「三国一の花嫁さん」といわれる「三国」はインド(天竺)・中国(唐)・日本のことで、 昔から関係があった国であります。

日露戦争(1905年)で、アジアの小国が欧州の大国に勝利したということで、インド人は狂喜したそうです。 インドは親日国ですが、これが一番の理由といわれています。

第二次世界大戦では、インド人チャンドラー・ボースは日本軍と組んでイギリスと戦った。 かの有名なインパール侵攻作戦にも参加している。
第二次世界大戦以降、他国は日本に鉄鉱石を日本に売らなかったが、 インドは日本に鉄鉱石他を売ってくれました。 この協力が無ければ、日本の復興は遅れていたでしょう。 近年、東西冷戦時代と1998年の核実験のあと、日印関係はギクシャクした時代もありましたが、 基本的には良好な関係は維持されてきたといえます。

  • 1948年 ネルー首相 象(インディラ)を上野動物園に寄贈(東京で象を見たいという子供のため)
  • 1952年 日印平和条約を締結 インドは賠償請求権を放棄
  • 1958年 円借款第一号 インドに供与
  • 1966年 65,66年と2年連続でインド大飢饉 象のお礼に上野地区が中心となって義捐金を送る
阿部首相とシン主相

2007年、安倍首相訪印時、シン首相と会談
これより毎年交互に訪問することになった

  • 1990年 昭和天皇大喪の礼 インドは3日間喪に服した
  • 1991年 インド経済危機 日本は65億ドルの融資を行う
  • 1998年 インド核実験を実施 日印関係悪化
  • 2000年 森首相訪印
    これにより核実験により悪化していた日印関係良化
  • 2007年 安倍首相訪印
    これより両国首相が毎年交互に訪国することになった
  • 2011年 日印EPA発効

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インドの「世界一」

憲法(1950年1月26日発効)

395の条項からなり、世界で最も長い憲法である。 時の法務大臣アンベドカール(カースト最下層出身)が 草案作成したもの。(1947年8月起草)

バナナの生産量

エクアドルが一番だと思っていたが、実は生産量はインドであり、しかもダントツだった。 エクアドルは生産量4位だが輸出量は世界一である。 他にゴマの生産量も世界一。

金(きん)の消費量

実は中国人よりもインド人のほうが世界一金(きん)を愛する国民なのだ。 もっとも両国人とも金(かね)にも執着心が強いのだが。

牛口(牛の数)

牛の数も世界一である。

牛乳生産量

乳牛も多く従って牛乳生産量も世界一。 バンガロールの駐在員の方から面白い話を聞いた。 乳牛を家の前まで連れてきて、その場で牛乳を搾ってくれるサービスがあるというのだ。製造年月日どころか時刻まで保証つきだ。 彼はこのことを「産地直送」といっていたが、私は反論した。 「乳牛配達でしょう。」

エアライフル(北京オリンピック)優勝

北京オリンピックの種目エアライフルでインド人選手が優勝した。実はこれがインドのスポーツ史上大変な出来事だった。インド人が個人種目で金メダルを取ったのはこれがオリンピック史上初めて!(団体種目では過去に例がある、例えば東京オリンピックのホッケーでインドは優勝している) この選手は、優勝した褒美として一生鉄道に無料で乗れるパスをもらったらしい。それくらい貴重な金メダルだった。

人口

牛口だけでなく、間もなくこれも世界一になるでしょう。

IT

これは文句なしに世界一だが、これは別の機会に。

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