パラグアイ (Paraguay)

イミグレーション

アルゼンチンからパラグアイへ入国の荷物検査は厳しい物だった。 リュックサックの中身を全部出さされた。ぎっしりつめていたので後で元通り入れるのに大変な苦労である。「元通り入れてくれ」と悪態はついたが向こうは動じない。 思うにパラグアイは貧しい国なので、アルゼンチンから色々な物(持込を禁止された物)を持ち込む人が多かったのであろう。

「木から女が降ってくる」(三国同盟戦争:1864~1870年)

パラグアイ


ペルーを出るとき日系人の長老から聞いた言葉だ。
この言葉は三国同盟戦争の後のパラグアイの状況を表したものである。 パラグアイの現状をよく知る人には全く信じられないことだが、三国戦争以前ではパラグアイがこの地域で一番の強国だった。

三国同盟戦争を簡単に説明すると、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイが三国同盟を結び、同盟軍はパラグアイに侵攻、パラグアイは三方から攻められた。 パラグアイは敗走しながらも徹底抗戦をしたため、52万5千人いたパラグアイ人の半分以上が死亡したという。ラテンアメリカで最も凄惨な戦争であった。

その結果、特に少年をも含む男性人口が激減し、男女比率が非常にアンバランスとなった。 (一説によると男性の9割が死んだとも言われる) このことから男が歩くと 「木から女が降ってくる」という言葉が生まれた。凄惨な戦争をこんな表現で笑い飛ばしている。 なんと逞しいことか!!
私がパラグアイに行った時は、既に一世紀も経っているのだから、男女比率も正常化していた。もちろん「女が降ってくる」ことはなかった。

農業移民・親日国

私がパラグアイに行った1973年にはブラジルでは既に農業移民は禁止となっていたが、この国では まだ可能でした。 このため当時でも、日本からかなりの数の若者たちがパラグアイに移ってきていたので、新鮮な日本語を聞くことができました。

パラグアイでは、以前からも多くの日本人が移住しており、その勤勉さはパラグアイ人からも認められていたようです。 初期のブラジル移民同様、農業を通じてパラグアイ経済に大いに貢献してきたんでしょう。 そのお陰でパラグアイは大変な親日国家です。

アスンショーン(Nuestra Senñra de la Asunción)

アスンショーン

首都アスンショーン
Nuestra Senñra de la Asunción

アスンショーンはパラグアイの首都だ。しかしその首都にして、当時高いビルは銀行と電話会社と何の会社か忘れたがもう一つ、合計3箇所だけ、そして交通信号は1箇所だけだった。人口は30万人くらいだったろう。今まで見てきたどの国の首都よりもど田舎だった。

ここでブラジルのビザを取得しようと計画していたのだが、大変なことが分かった。ここではビザ取得に2週間かかるというのだ。ブエノスアイレスならすぐ取れるらしい。情報不足、良く調べるべきだった。それならすぐにブエノスアイレスに戻るべしと言う結論に達する。

しかし、ここまできたらイグアスの滝は近いので是非見物したい。ブエノスアイレスに戻る前に、見に行くことにした。


イグアスの滝(世界遺産)

イグアスの滝

世界三大滝の一つ「イグアスの滝」

なるほど、噂どおり滝は凄い水量だった。滝の近くに寄れば、滝の飛沫が飛んできて雨が降っているのと同じ状態なので、観光客はカッパを着て滝の近くまで橋を歩いてゆく。 左の端に塔のようなものがあったのを記憶している。

一時期危機遺産に指定されていたようだが、現在は解除されている。
ロジャー・ムーア主演の007映画"ムーンレーカー"では、007がこの上空をハング・ライダーで飛んでいたが、 本当に飛んでいたら最高の景色を見ることができただろう。
実は、私がイグアスの滝に来た時、ヘリコプターで上空から滝を見る観光コースがあったのだが、例によって経済的理由により乗ることを控えた。まだまだ旅の先は長いのだ。 しかし今思えば、無理をしてでも乗るべきだったかも。

サッカー

チラベルト

チラベルト
Chilavert

チラベルト(ペナルティキックを蹴るゴールキーパー)
南米では何処の国でもサッカーが一番人気のスポーツだ。サッカーでパラグアイといえばこの選手を一番に思い出す。 チラベルトはその独特の風貌とFK,PKを自ら蹴るので有名なキーパーだった。勿論キーパーとしても非常に能力の高い選手であった。日本にも何度も来ておりお馴染みだ。

私の息子がサッカーをやっていたのだが、その高校のサッカーチームではPKをセンターバックの選手が蹴っていた。 キックした後 全速力で守備位置まで戻っていたが、チラベルトの場合は そのまた後ろなので大変だったに違いない。
パラグアイは2010年、ワールドカップ本戦トーナメントで日本と戦い120分で決着がつかず、PK戦となりこれを制した。



再びブエノスアイレス


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