エクアドール (Ecuador)

赤道記念碑(Mitad del Mundo)

赤道記念碑

赤道記念碑
(Mitad del Mundo)

エクアドールとは「赤道」という意味であることは、ご存知の方が多いと思います。 実際、首都キトーから車で北に30~40分ぐらいのところに赤道記念碑はある。
私がいた1973年頃は今のような大きな記念碑ではなく、高さ5mくらいのちんけな塔で、今のように中に入れるような立派な代物ではありませんでした。 小さいお土産屋が数軒あるだけで、そこでは赤道に来たという証明書を発行してくれた。

リマ駐在の時、家族を連れて再びここに来たときには、大きな塔が立っていてその内側に入りその天辺まで登ることが来るようになっており、更に大きなお土産屋が沢山有って、あまりに観光地化していたのでびっくりした。

キトー(Quito)

キトー

首都キトー(Quito)は
 世界遺産(文化遺産)

エクアドールの首都キトーは、海抜2,800mの高さにあるので最初は少し息が苦しい。しかしボリビアのラパスと比較すれば随分楽だ。が、高所は高所なので、平地と違うところがある。
先ず、酒の飲み方。
エクアドール国内ではウイスキーが殆ど免税価格と同じだったので、飲む酒はウイスキーがほとんどだった。
高所ではおなかを壊しやすくオンザロックスや水割りは良くないということで、ウイスキーをお湯割でのむことが多かった。お湯割りなんてとんでもないという人があるかもしれないが、慣れたらこれも"乙"なものだった。 その次に、ゴルフ。
高所だから空気が薄いので、ボールが曲がらず飛距離も伸びる。
パー5:630ヤードというホールがあったが、グリーンオーバーすることもあった。 これを自覚しないと、自分は飛ばし屋だと錯覚をしてしまうかもしれない。

キトーでの生活

住居 アパルタメントス・コロン アパルタメントはアパートを意味し、コロンはコロンブスを意味する。
つまりコロンブス・アパートである。 今で言う"レオパレス"みたいなもので家具は一通り付いており、更に日常サービスに部屋の掃除が料金に含まれていた。但しクリーニングは別料金だった。入り口には受付サービスがあったので、泥棒の心配はなかった。が、ウィスキーの減り方が少し早いと思ったことはある。

月額250ドルで2DKなので三菱重工のAさんと2人で住んでいたが、部屋は日本では考えられないほどモダンな作りだった。風呂はなく、シャワーだけだったと思う。しかし安い。
私の月給は500ドルだったのだが、これなら十分いける。昼食は現場持ちだったし、第一エクアドールの食費は日本では考えられないほど安かった。

カジノ(ペルーでは非合法だった)

オテル・キトー(スペイン語ではHは発音しないのでホテルはオテルと発音する) このホテルの地下階にはカジノがあった。ここに電源開発(現在はJ-POWER)の技術屋さんたちが泊っていて、彼らがカジノ遊びを始めその後我々を誘い込んだわけだ。 南米一周旅行中マール・デル・ププラタ(アルゼンチン)では経済的理由で出来なかったカジノが出来る。
カジノではネクタイ着用が義務付けられていたが、常連になるとカジノ側が貸してくれる。 最初はルーレットから入ったが中々勝てない。何か仕掛けが有るに違いないと、ブラックジャックに趣旨替えをした。
やっているうちに上達し勝ったことも多い。ブラックジャックの収支はとんとんもしくは少しプラスだったと思う。 最高についていた時はブラックジャックが3回連続で出たことがある。その晩はつきまくって一晩で800ドル位勝った。当時の私としては非常な大金であり、日本までの帰国航空券が買える金額だった。つきというものは本当に有るもんだ。
ブラックジャックが3回連続で出る確率はどの位だろうか。ひょっとしたら人生の幸運の半分くらいはこの時使ってしまったのかもしれない。

ステーキ

キトーは内陸の都市なので、当時の物流事情からして魚料理なんか食べられるはずがなく、必然的に肉料理を食べるしかない。
キトーの最大の繁華街"Av. Amazonas"(アマゾーナス通り)に私のお気に入りのステーキ屋があった。初めてそのレストランに行った時、私は焼き具合に関してはレアーが好きなのでレアーを頼んだのだが出てきたものは少し焼きすぎだったので、その旨を主人に伝えた。
すると2回目にその店に行った時、主人は私を見てうれしそうな顔をして焼き具合を"Casi crudo ?"(殆ど生か?)ときいてきた。つまり前回のことを覚えていたわけだ。私が"Si、Por favor"(はい、お願いします)と答えると主人は更にうれしそーな顔をして調理場に入っていった
この時以降、焼き具合は常に私の望み通りレアーだった。 想像するに、エクアドル人には焼き具合にレアーを頼む人がレアーなので、そんななか肉の味が本当に分かる"Casi crudo"を食べる私のような奴が来るのが嬉しかったのであろう。

スペイン料理屋(Las Flores)

キトーの中心部からから少し離れたところに美味しいと評判のスペイン料理屋があった。私の記憶が正しければその名前は"Las Flores"だったと思う。 そこの主人は元闘牛士ということで、店の中の壁の絵から装飾は全て闘牛のモチーフだった。中には主人自身の写真があったのかもしれない。
パエリア 日本人に一番有名なスペイン料理はバレンシア地方の名物料理"パエリャ"だろう。ここのパエリャは非常に美味しかったのだが、注文に当たり次の条件が付いていた。"2人前以上注文のこと、1時間待ち"。
1時間も待てばかなり飲み食いするので、高くつく。
ここの料金はキトーではトップクラスのレベルだった。 このレストランの凄いところは、北半球の夏、つまりスペインの闘牛の季節には1ヵ月休業してしまうことである。 ここの主人が闘牛を見にスペインに帰ってしまうので休業になるのだ。それでもこの店の経営が成り立つのは、やはりこの店の値段が高かったということであろう。

ドイツ料理屋

このスペイン料理屋のすぐ近くにドイツ料理屋があった。ドイツ料理がおいしいというイメージは全くなかったのだが、日本ではお目にかかったことがないので、取り敢えず食べに行った。
料理は何を食べたか覚えていないが、 とにかく予想通り旨くなかったという印象しかない。従ってその後二度と行っていない。 ドイツ人の味覚を"牛の舌"と評するが…、頷ける。
このような美味しくないレストランが続けられる訳がないと思ったが、今も存在するのだろうか?

サッカー

私がいた頃エクアドルは南米の弱小チームでWカップ予選通過は夢また夢だった。
しかしエクアドルは2002年日韓共同開催のワールドカップの時初めて予選を通過し日本に来ている。 2006年のドイツ大会にも出場しベスト16に入っており、2010年は次点で南米予選を突破できなかったが、 要は強いチームになっているということ。

Federacion Ecouatoriana de Futbol

南米で予選を勝ち抜くのは容易ではない。ブラジル・アルゼンチンの2強が指定席券を持っているようなもので、残りの自由席(2~3)を他の8チームが争うのだから。更に最近はズーと蚊帳の外にいた(Wカップ南米予選通過の経験なし)ベネズエラが強くなってきており、正に激戦地区である。

但し、2014年に関して言えば開催国枠でブラジルが予選に出てこないので、他の国はチャンスだ。アルゼンチンを除く8カ国で3.5の席を争う。


Continuado(続く)

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