ボリビア (Bolivia)

南米旅行中ボリビアはリマに帰るために通っただけだ。所持金が尽き果てつつあるので観光が出来るわけがない。

サンタクルス(Santa Cruz)首都ラパスに次ぐボリビア第2の都市

クルセーニャとは、サンタクルスの女性の意味。ボリビアでは美人が多い街として知られている。
チリを旅行中、アントファガスタで日系人の方の家に泊らせて頂いたのだが、その娘さんがクルセーニャだった。気の強そうな女性であったが、確かに美人だった。 ここからバスでラパスに。

ラパス(La Paz)「平和」を意味する

ラパス

ラパスの町並み。すり鉢状になっている。

すり鉢状の町であり、その底は3,700メートルといわれている。但しこの数字はあてにならない。
(私が勤めた三井金属ペルー支社の所有するワンサラ鉱山のベースは公式には3,800mだったが、測り直したら4,000mだった)

すり鉢を螺旋状の道で降りてゆく。東京では山の手が高級住宅地だが、ここでは空気の濃い低地が高級住宅地である。とにかく空気が薄く、私もここでバスから荷物を降ろすために力を入れた時、頭がクラっときた。
当時、私にはまだ昔の水泳部の体力が残っていたはずだが…。

サッカー

ワールドカップ予選はホーム・アンド・アウェイで戦うので、南米各国の対戦相手はボリビアチームと戦う時には、 一度はこの高地で戦わなくてはならない。
ボリビアチームが技術的にすばらしいという話はないし、第一名選手というのを聞いたことがない。しかしホームゲームでは強い。それは4,000mの高所では酸素量が三分の二になるので、生まれつき高所順応しているボリビアチームが体力的には圧倒的優位に立つからである。
試合のために高山病(ソローチェ)に対処する方法は二つあるといわれていた。 一つは十分な順応期間を持って高所順応をすることである。 二つめは試合直前に会場に着き高山病になる前に試合を終えるという方法だ。 ブラジルチームは2002年ワールドカップ予選で後者を選択し旨く行かず敗戦となり、南米予選突破に黄信号が点った。経費を安くあげようとしたのだろうが、高所に詳しい私に言わせれば、大体このようなケチな方法が旨く行くわけがない。
ボリビアチームはたいしたことはないだろうが、ソローチェを甘く見てはいけない。 高所に詳しいというのは後で出てくるが、私は海抜2,800mのキトーに1年以上住んでいたし、帰国後就職した三井金属のワンサラ鉱山は4,000mのところにあり、ペルー駐在員時代には私はそこに2ヶ月に1度行っていたのだから…
酸素が少ないので物が燃え難いということで、ラパスには消防署がないとの噂があったが、実際にはある。

バス

ミクロ

ラパスで見かける
ミクロというバス

ラパスで見たバスは殆どロートルでボロボロであり、車体が傾いている物も沢山有った。
このようなバスの中ボディーに"Copacabana"行きと書いてあるバスがあった。一瞬このバスがリオ・デ・ジャネイロのコパカバーナ海岸まで行くのかと思ったが、違っていた。ボリビアにコパカバーナという都市があったのだ、それで納得。
あんな車体が傾いたボロ車でリオまでたどり着けるはずがない。

鉄道

ボリビアでは鉄道に乗ったのだが、何処からどこまで乗ったのか記憶にない。
ただその速度の遅いこと遅いこと、マラソン選手より遅いのではないか。更に駅でもないわけの分からないところで何十分も止まる、勿論何の状況説明もない。

乗客の大部分はインディオの農民であり、通路は彼らの荷物で埋め尽くされている。座席は小さく座りづらい。その当時は体力にはバンバンの自信があった私も、この時だけはさすがに参った。

ティティカカ湖

ティティカカ湖

ペルーとボリビアの国境にティティカカ湖という大きな湖がある。
ボリビアに面しているので当然標高3,800mという高地にある。 カカとはスペイン語で"クソ"を意味するのでペルーでは「ティティはペルー、カカはボリビア」と言うのであるが、 多分ボリビアでは反対のことを言っているのでは、と容易に想像できる。

国境(ユングーヨ)でのトラブル

ボリビアからペルーに入国する時、イミグレーションで思わぬ問題にでくわした。
私がペルーを出国する際にCarnet Extrangeria(外人登録)を清算してないのでペルーに再入国できないと、役人が言うのだ。「そんな馬鹿な!」と執拗に抗議したのだが、役人は頑として入国を許可しない。
賄賂が欲しいのか、本当に法律的にそうなっているのかは分からないが、多分前者だろう。どうやって交渉しようか悩んでいた時、救いの神が現れた。

一緒のバスに乗っていたスペイン人が俺に任せろ、といってその役人と交渉し始めた。役人とスペイン人が「あーでもない、こーでもない」と口論していたが10分くらい経った頃、役人が電話をかけ始めた。
リマの中央事務所と話したらしい。スペイン人が私に「5ドルよこせ」と言う、つまり賄賂ということだ。 彼が再び役人と話し始めたら、又役人が電話で話し始めた。電話が終わって待つこと5分、やっと入国許可が下りた。 助かった! 日本人にはこの手の交渉は難しい。 片やスペイン人はスペインが昔の宗主国だったので、ペルー人には一目置かれる存在で交渉には最適だ。
ペルーではなにせスペイン人に対し他の外国人に比べて、様々な恩典がある。 例えばビザ無しで無期限に滞在出来るとか、外人登録無しで職に就ける等。 「捨てる神があれば拾う神がある」とはよく言ったものだ。

彼にお礼を言って話をしていたら、彼はリマの大学の教授だというのでリマまで一緒に旅することとした。 ユングーヨからクスコまではバスで行った。 実は、入国の時役人から、リマに着いたら中央事務所に行くように言われたのだが、 行けば"飛んで灯に入る夏の虫"又賄賂をせびられるに決まっている。 誰が行くもんか!



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